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メルベーユ森のお店紹介と取り扱い商品の説明を中心に。また、趣味の宇宙・格闘技・社会・経済・家族の話やちょっと辛口の話をしていきます。
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追悼、三沢光晴選手~安らかにお眠り下さい~

追悼、三沢光晴選手~安らかにお眠り下さい~

きのうの「ノア」広島大会、メーンイベントの60分1本勝負のGHCタッグ選手権試合でバックドロップを受けて、そのまま昏睡状態で心肺停止状態になりました。リング上では心臓マッサージやAEDを使って蘇生を試みたのですが、運ばれた病院で亡くなりました。享年46歳です。急な出来事できょうは気持ちが沈んでいます。プロレスファンとして、謹んでご冥福を申し上げます。
 
三沢選手を知ったのは、2代目タイガーマスクとして全日本プロレスに登場してからです。今は亡きジャンボ鶴田との試合は本当にいい試合でした。ジャンボ鶴田の切れ味抜群のバックドロップを何度も受けながらカウントを跳ね返していた姿が脳裏に浮かびます。ジャイアント馬場が亡くなって全日本からノアを立ち上げ、社長業とレスラーの二束のわらじをはいていました。私も石川県で試合があるとよく見に行きました。普段は物静かで頭の良い方で紳士です。リングでは受身の上手な選手で、相手の技をしっかり受け止めていました。三沢選手や小橋選手、ノアの選手は激しく熱い戦いをしています。基礎もしっかりしていますが、激しい戦いで怪我にも悩まされていました。一流のプロレスラーは相手の良いところを100%出させて、自分の良いところを出すのです。その戦いの中で観客との一体感が生まれてきます。

三沢選手のエルボーは切れ味抜群です。華麗な空中殺法や決め技の「エメラルドフロウジョン」はすごい威力です。ジャンボ鶴田と同じアマレスリング出身で「受け身の天才」とも言われてきた選手が1人いなくなりました。プロレスファンとして、とても悲しい出来事です。三沢選手は低迷する人気の中での社長業でたぶん心労が重なったのでしょう。その遺志をリング上でレスラーの皆さん、これが「プロレス」というのを見せて下さい。

スポーツ報知より引用しました。
三沢が、死んだ―。日本のプロレス界を代表するプロレスラー・三沢光晴さんが、帰らぬ人となる痛ましいリング事故が起きた。13日に広島市中区基町の県立総合体育館(広島グリーンアリーナ)で行われたプロレス団体「ノア」広島大会の試合中に頭部を強打し、心肺停止に陥った。市内病院の集中治療室に搬送されたが、処置のかいなく搬送先の広島大学病院で亡くなった。46歳の若さだった。

試合は午後8時10分頃始まり、事故が起きたのは試合開始25分過ぎだった。三沢さんは、メーンイベントの60分1本勝負のGHCタッグ選手権試合に若手の潮崎豪(27)と組んでタイトルに挑戦。王者組の斎藤彰俊(43)のバックドロップを受け、後頭部をマットに強打し、意識不明となった。

浅子覚トレーナー(38)がリングに上がり、声を掛けたが、三沢さんは息をしていない状態で心臓が止まっていた。観客席に居合わせた医師がリングに駆け上がり、心臓マッサージ、自動体外式除細動器(AED)による蘇生が試みられたが三沢さんは全く動かなかった。この間リングサイドのファンから「ミサワ、ミサワ」とコールが上がり、搬送後も約2300人の観客で埋まった会場は騒然とした状態が続いていたという。

複数の関係者によれば一時は心臓が動いたというが、搬送先の広島大学病院の集中治療室での懸命の救命措置のかいもなく、一度も意識が戻らぬまま午後10時10分に帰らぬ人となった。救急車に付き添った百田光雄副社長(60)が最期をみとったという。選手らは試合後、病院に駆け付け一時は解散。宿泊先の市内ホテルで待機していたが、14日午前0時前に再び病院に全員呼ばれて訃報(ふほう)を伝えられたという。まだ46歳。18日には47歳の誕生日を控えていた。
広島県警は試合関係者らから事情を聞き、当時の状況を調べている。

レスラー歴28年の三沢さんはレスリングの名門、足利工大付高出身で3年時に世界ジュニア選手権に出場、国体で優勝した。81年3月に故・ジャイアント馬場さんの全日本プロレスに入門し同年8月21日にデビュー。蝶野正洋、武藤敬司、05年7月11日に急死した橋本真也さんらと肩を並べるトップレスラーで、00年7月7日にプロレス団体のノアを旗揚げし、社長業との二足のワラジをはく激務をこなしてきた。2代目タイガーマスクとしても知られ、華麗な空中殺法や投げ技の「エメラルドフロウジョン」は代名詞。「プロレスの教科書」とも評されるほどレスリングの基本に忠実で「受け身の天才」とも言われてきた。

岩石落としとも言われるプロレス技「バックドロップ」は後方から相手を抱え上げ真っ逆さまに後頭部を叩きつける技。死因は不明だが、基本とも言われるプロレス技で受け身に失敗したとも思えない。観客の一人は「お客さんもザワザワするぐらい変だった。(最初から)三沢らしからぬ精彩を欠いた動きだった」と試合時の三沢さんの様子を話していた。

◆三沢 光晴(みさわ・みつはる)1962年6月18日、北海道・夕張市生まれ。46歳。81年8月に全日本プロレスでデビュー。以後、2代目タイガーマスクへの変身を経て全日本のエースに君臨。2000年8月に全日本を退団しノアを旗揚げし社長に就任。06年9月にはグローバル・レスリング連盟初代会長に就任した。得意技はエルボー。185センチ、118キロ。血液型O。

◆プロレスリング・ノア 2000年6月に全日本プロレスを離脱した三沢光晴を中心に結成されたプロレス団体。三沢を含む約50人の全日本離脱者が集まり、日本プロレス史上最大規模の団体となる。同年8月のディファ有明での旗揚げ戦以降、有明コロシアム、東京ドーム、日本武道館などで興行を開催。近年では全日本や新日本プロレスなど他団体との交流も見られる。地方興行の観客動員の減少や、今年に入って地上波テレビ中継が打ち切られるなど、近年は人気の低迷が目立っている。団体名の由来は旧約聖書に登場する「ノアの箱舟」から。



       三沢光晴、フォーエバー!     たくさんの感動をありがとう!

三沢光晴選手、たくさんの勇気と感動をありがとう!
安らかにお眠り下さい。ノアのレスラー、すべてのレスラーの皆さん、遺志を受け継いでがんばって!
[ 2009/06/14 14:07 ] 格闘技 | TB(-) | CM(-)
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